クラウディオ・アバドがマーラーの交響曲第9番を指揮する
2010年夏のルツェルン・フェスティバル
出演者
クラウディオ・アバド — 指揮者
プログラム解説
クラウディオ・アバドによる芸術の交感。
2010年8月、クラウディオ・アバドは彼の「ソリストのオーケストラ」— 2003年に設立され、最高の奏者たちで構成されるルツェルン祝祭管弦楽団 — と共にマーラーの交響曲第9番を演奏しました。この作曲家の最後の交響曲の演奏は、彼らの成功したマーラー・サイクルのハイライトとなりました。
クラウディオ・アバドのマーラーはしばしば平和的で滑らか、明るく、比類なきオーケストラの透明性を特徴としていると言われてきました。例えば、この交響曲第9番の最後の長いピアニッシモのような彼のニュアンスは、時にあの世から来る幽玄な音楽のように聞こえます。クラウディオ・アバドのマーラーの解釈は、ルツェルンでのこの演奏が示すように、レナード・バーンスタインのそれとしばしば比較されました。両者の作品へのアプローチは全く異なっていたものの、どちらも同じ感情を楽譜に注入し、切実な生と死の闘いを表現していました。
クラウディオ・アバドが指揮している間に彼の顔を見つめると、彼がどれほど楽譜に没頭しているかがわかります。実際、ロンドの間、指揮者の顔にほとんど笑みが見られますが、アダージョが展開するにつれて、それが苦悶の表情に変わるのが見て取れます。クラウディオ・アバドはあまり言葉を発しないことで知られており、音楽作品の分析を伝えるためにオーケストラに多く話すことはありませんでしたが、2010年8月のあの日、クラウディオ・アバドが観客の誰一人として壊したくないと思うような雰囲気を作り出す力を持っていることが世界中に明らかになりました。マーラーの交響曲第9番のこの演奏と最後のアダージョの後に続く2分間の沈黙は、クラウディオ・アバドのコンサートでよく見られる「音楽の後に続く沈黙」について、1995年のポール・スマチニーのコメントを思い起こさせます。
