2000年、スミルノフ氏はサンフランシスコ交響楽団で公式にアメリカでの指揮デビューを果たし、チャイコフスキーの作品のみのプログラムを指揮しました。アメリカ国内でのゲスト指揮には、アマリロ交響楽団、シカゴ・フィルハーモニック、コロンバス交響楽団、ハートフォード交響楽団、ジュリアード管弦楽団、ルイジアナ・フィルハーモニック、ナパ・バレー交響楽団、ニュー・ワールド交響楽団、フェニックス交響楽団、セントポール室内管弦楽団、タングルウッド音楽センター管弦楽団、テキサス音楽祭管弦楽団などがあります。ヨーロッパではノルウェー室内管弦楽団やバーゼル・シンフォニエッタを指揮し、日本では斉藤記念フェスティバル(松本)、中国では北京交響楽団を指揮しました。
ジュリアード弦楽四重奏団の元メンバーであるジョエル・スミルノフは、1997年にタングルウッド音楽祭でヴァイオリニスト、ルイ・クラズナーの追悼コンサートにてベルナルト・ハイティンクの指揮でベルクのヴァイオリン協奏曲を演奏するヴァイオリン独奏者として出演しました。1983年には国際アメリカ音楽ヴァイオリンコンクールで第2位を獲得し、カーネギーホールのエマージング・アーティストシリーズとタウンホールのミッドタウン・マスターズシリーズでデビューを果たしました。
2011年、スミルノフ氏はジュリアード弦楽四重奏団との録音作品に対して生涯グラミー賞を受賞し、母校であるシカゴ大学からは同窓生プロフェッショナル功績賞を授与されました。ナウムブルク国際ヴァイオリンコンクールやインディアナポリス国際ヴァイオリンコンクールの審査員も務めました。2014年にはインディアナポリス交響楽団を指揮してインディアナポリスコンクールの決勝を迎えました。
音楽教育者として、ジョエル・スミルノフは1986年からジュリアード音楽院の室内楽科の教員を務め、1989年からヴァイオリン科の教員を務め、1992年から2008年までその学科長を務めました。1995年から2000年までは小澤征爾の指揮助手およびタングルウッド音楽センターの弦楽科主任を務めました。
ニューヨーク市出身のスミルノフ氏はジャズも演奏し、トニー・ベネットの伴奏アーティストとして頻繁に共演しています。彼の即興ソロはグラミー賞受賞CD『Tony Bennett Sings Ellington Hot and Cool』で聴くことができます。